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ABOUT ME

■ 村上寛 プロフィール

1950年、寅年生まれです。
2001年の秋にNO TRUNKSをオープンさせました。
2001年宇宙の旅です。
20歳の頃、オープンしたばかりの吉祥寺「メグ」の初代レコード係りを経験した後、24歳の時就職し、27年間務めた新星堂を退職した年です。
在職時代の多くはディスクインの店長としてでした。
高円寺ディスクイン No.1を皮切りに吉祥寺の路面にあったディスクイン N o.2、立川ディスクイン(残念ながら全て消滅しました)と歴任し最後はディスクインが3店統合された吉祥寺ディスクインで燃え尽きました。
新星堂のジャズは私が背負っていたと自負しております。傍系レーベル、オーマガトキの中央線ジャズ・シリーズを全てプロデュースしました。1985年には10余人の勇志を募って東京ニュー・ジャズ・フェステヴァルをスタートさせました。渋さ知らズや林栄一、片山広明を愛しみ育て上げたと勝手に思っています。
レコード・コレクターズやクロスビート誌でジャズ評論を、本名である村上寛やペンネームである瀬戸蓮二の名でやっていたのもこの当時です。 

硬派のジャズ・ファンですが涙もろいので演歌的なジャズも大好きです。

私=当店は耳あたりのよいムード・ジャズは得意ではありませんので、その点はご容赦ください。

ジャズ以外には陶芸を少々とバイクツーリングをたまに。
温泉と桜を愛します。
そして毎日3合ほどの芋焼酎をたしなみます。



新年の挨拶        
2007年
2008年 2009年 2010年 2011年
2012年   2014年 2015年  

 

■ 村上が書いた過去の記事  >>>  

(Last Update : 7.27.2006)




■ 東京 New Jazz Festival


1985年当時、まさにバブル全盛期、ジャズ・フェスは商業主義に堕落していた。
タバコを奨励する国策が進められ、一億総ヘビースモーカーへと突き進んでいた。
そこで得られた巨万の富は、税金対策なのだろうか、ジャズ・フェスへと惜しげもなく投入された。そしてネームバリューの高いミュージシャンばかりが何度も来日することになる。

そんな状況に不満を募らせた私は、高円寺ディスクインに集う顧客に目をつける。
甘い言葉でたくみに勧誘、時に恫喝し10余人の同志を集めることに成功。
彼らには5万円の出資と血判が課せられた。そして、お祭り騒ぎではない意義あるフェスティヴァルの開催を企画実行する。

東京new jazz festivalは今も存続するドイツはメールスのジャズ・フェスとの連帯感から命名した。

あれから20年、休んだ年も何回かあるけれど解散したわけじゃない。
次もあるからね・・・次も。

■ 1985 | 1986 | 1987 | 1988 | 1988_ticket | 1990 | 1991 | 1992 | 1994 | 1997 | 2000


■ オヤジ@赤提灯
村上寛のライフワーク?是非お立ち寄りください こちらから >>
(
横浜編 Last Update 6.20.2016)


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