昨年末に慶應大学三田キャンパスにて開催された「アート・アーカイヴ資料展 ノートする四人――土方巽、瀧口修造、ノグチ・ルーム、油井正一」という小企画。各分野の大家4人の研究・表現の裏側がリアルに伝わる実に刺激的な内容だった。特に圧巻だったのは日本が誇るジャズ評論家・油井正一に関する展示。評論の執筆、講演、取材、インタビュー、そういった公的な仕事のための研究資料はもちろん、自分の日常の細々とした出来事までを常に異常に丁寧に記録として残し、膨大かつ深遠・微細な個的アーカイブを生涯でつくりあげた油井さん。ここまで徹底していたからこそ油井ジャズ史観はあれだけ本質的なのかと、圧倒されつつ納得した。慶應大学が現在大量に保管している彼の資料は、今後の我々のジャズ研究のための間違いなく最重要な宝だ。
さてそんな今回の資料展・油井さんのコーナーにおいて個人的にびっくりさせられたことがあった。
「ミュージシャンへの取材」というテーマで、3人のジャズマンへの油井さんの取材資料が公開されていた。一人はオスカー・ピーターソン、一人は日野皓正、ここまではああそうか、という人選だと思う。で、もう一人がなんと明田川荘之、我らが中央線ジャズの総帥アケタさんなのである。内容は92年の名盤「わっぺ」時のもの。油井さんが取材したミュージシャンなんてそれこそ無数にいるのだろうが、その選抜3人としてオスピー、ヒノテル、で、アケタかい!と会場で思わず僕は硬直してしまった。膨大な資料の山からこういうピックアップをした関係者がどんな意図を持っていたのかは不明だが(もしかして偶然?)、はっきり言ってそれは、油井さんのジャズ観の本質を見事に捉えた素晴らしい選択である。
それを僕が確信したのは、古本で買った1969年2月のスウィング・ジャーナル誌にて、油井さんが68年のベストとして挙げたマル・ウォルドロン「オール・アローン」について書いた文章を最近読んだからだ。そこには驚くことに、2006年の明田川荘之の傑作、この「黒いオルフェ」への僕の感想がそのままあてはまってしまうのだ。以下、無断で引用したい。マルという部分をアケタに置き換えて読んでください。
「このレコードから放出されるマルのメッセージをうけとるためには、ジャズ喫茶やコンサートでの鑑賞をおすすめできない。たった1人のマルとたった1人のあなたとが面と向き合って対座すべきである。
ジャズ鑑賞の経験がある人ならば、単なるピアノ・ソロでなく、作曲家による自作のスケッチでもない、ある不思議な内容をもっていることに気づかれるはずである。スピーカーの中央からマル・ウォルドロンが歩み出て、あなたに向かって謙虚に“私はこういう人間です。こういう音楽家なのです”と話しかけてくる感じなのだ。
人間に人間を感じさせてくれる作品なんてそうザラにあるものではない。(油井正一)」
メンバー:明田川荘之(p)