2006 私のお気に入り or Best 3 By GOTO
■ 新録CD

新録CDタイトル 1
hi ha

アーティスト名

hat

いまやスペインを代表するジャズ・レーベル、フレッシュ・サウンド・ニュー・タレントからセルジ・シルヴェントは2006年に3枚のアルバムをリリースしている。1枚はギターとの激シブなデュオ「ANACRONICS」、1枚はこのhathi ha」、あと1枚はドラムとのデュオ(これはまだ日本に入ってきていないので残念ながら僕は未聴。)ニューヨーク・シーンで際立った活躍を見せるプレーヤーと、優れたスペインの若手ジャズ・ミュージシャンたちを紹介するのがこのレーベルのカラーだとしたら、シルヴェントは間違いなく後者の代表だ。実際、レーベル・オーナーであるジョルディ・プジョルのよっぽどのお気に入りなのであろう、シルヴェントは既にフレッシュからここ3年ほどで5〜6作のリーダー・アルバムを出している。しかもそれぞれが全く違うコンセプトと内容を持ったアルバムばかり。そしてどれもものすごく刺激的。全作をこの場でレビューしたい衝動にかられるが、それはまたの機会に譲るとして、とりあえずこの「hi ha」は絶対に聴いてほしいと猛烈に主張したい。聴きこめば聴きこむほど、セルジ・シルヴェントというピアニストの魅力にはまることは必至です。
 hatのメンバー構成に関して言えば、シルヴェントというよりは、ギターのジョルディ・マタスの人脈っぽいが、バンドの楽曲はシルヴェント色が非常に強い。ソリッドでまとまりがありある意味ポップなサウンド、グルーヴ感、そしてここぞというときにガツン!と決める音の強さ。何度聴いても耳に引っかかってしょうがない。
 2005年作のピアノトリオ作品「THE BLUES IN NEED」というアルバムのライナーの中でシルヴェントが「18歳のときにセロニアス・モンクを聴いてショックを受け、その後モンクから多くのことを学んだ」と書いていたのを読んでなるほどと思った。シルヴェントのピアノのリズム感覚や彼の叩く一音一音の存在感に触れると、パーカー〜マイルス〜コルトレーンといった正道からは外れた、エリントン〜モンク〜ミンガス〜オーネットといったジャズのアウトな流れの中に彼の音楽は入るんだよなと強く思う。あとはポール・ブレイとかトリスターノとかもその音から連想される。
日本ではまだほとんど無視されている状態に近いが、このセルジ・シルヴェントを中心としたスペイン・ジャズ・シーンは必ず今後浮上してくるのではないかと思う。

メンバー:
SERGI SIRVENT(p,fender,rhodes),JORDI MATAS(g),MARC CUEVAS(b),OSCAR DOMENECH(ds)




新録CDタイトル 2
黒いオルフェ

アーティスト名

明田川荘之

昨年末に慶應大学三田キャンパスにて開催された「アート・アーカイヴ資料展 ノートする四人――土方巽、瀧口修造、ノグチ・ルーム、油井正一」という小企画。各分野の大家4人の研究・表現の裏側がリアルに伝わる実に刺激的な内容だった。特に圧巻だったのは日本が誇るジャズ評論家・油井正一に関する展示。評論の執筆、講演、取材、インタビュー、そういった公的な仕事のための研究資料はもちろん、自分の日常の細々とした出来事までを常に異常に丁寧に記録として残し、膨大かつ深遠・微細な個的アーカイブを生涯でつくりあげた油井さん。ここまで徹底していたからこそ油井ジャズ史観はあれだけ本質的なのかと、圧倒されつつ納得した。慶應大学が現在大量に保管している彼の資料は、今後の我々のジャズ研究のための間違いなく最重要な宝だ。
 さてそんな今回の資料展・油井さんのコーナーにおいて個人的にびっくりさせられたことがあった。
 「ミュージシャンへの取材」というテーマで、3人のジャズマンへの油井さんの取材資料が公開されていた。一人はオスカー・ピーターソン、一人は日野皓正、ここまではああそうか、という人選だと思う。で、もう一人がなんと明田川荘之、我らが中央線ジャズの総帥アケタさんなのである。内容は92年の名盤「わっぺ」時のもの。油井さんが取材したミュージシャンなんてそれこそ無数にいるのだろうが、その選抜3人としてオスピー、ヒノテル、で、アケタかい!と会場で思わず僕は硬直してしまった。膨大な資料の山からこういうピックアップをした関係者がどんな意図を持っていたのかは不明だが(もしかして偶然?)、はっきり言ってそれは、油井さんのジャズ観の本質を見事に捉えた素晴らしい選択である。
 それを僕が確信したのは、古本で買った1969年2月のスウィング・ジャーナル誌にて、油井さんが68年のベストとして挙げたマル・ウォルドロン「オール・アローン」について書いた文章を最近読んだからだ。そこには驚くことに、2006年の明田川荘之の傑作、この「黒いオルフェ」への僕の感想がそのままあてはまってしまうのだ。以下、無断で引用したい。マルという部分をアケタに置き換えて読んでください。
 「このレコードから放出されるマルのメッセージをうけとるためには、ジャズ喫茶やコンサートでの鑑賞をおすすめできない。たった1人のマルとたった1人のあなたとが面と向き合って対座すべきである。
 ジャズ鑑賞の経験がある人ならば、単なるピアノ・ソロでなく、作曲家による自作のスケッチでもない、ある不思議な内容をもっていることに気づかれるはずである。スピーカーの中央からマル・ウォルドロンが歩み出て、あなたに向かって謙虚に“私はこういう人間です。こういう音楽家なのです”と話しかけてくる感じなのだ。
 人間に人間を感じさせてくれる作品なんてそうザラにあるものではない。(油井正一)」

メンバー:明田川荘之(p)


新録CDタイトル 3
Scotty Hard's Radical Reconstructive Surgery

アーティスト名

John Medeski, Matthew Shipp

 なんというか、“スタイルの進化や新しさがなければジャズではない”みたいな言説は意味として分からないこともないのだが、ほんとにジャズって、いや音楽ってそんなに直線的で単純なものなのかね、とも思う。2006年の例で言えば、ブランフォード・マルサリスの新譜での見事なブロウっぷりに僕は心が動いたりもした。ジャズミュージシャンのポテンシャルの高さと表現に対するストイックさという古典的なありかたを久々に見たような気もして。
 しかしそんないわゆるメインストリーム系を代表するブランフォードの作品が、例えばミュージック・マガジンやじゃずじゃを好むようなジャズリスナーの胸に届くかといえば、かなり距離があるような気もする。なんだろう右と左の世界観の違い、なのだろうか。変に前衛ぶったり、“先鋭的な現在の音”を無理やり求めるよりも、「ブッゲ・ヴェッセルトフトもいいけど、オリン・エヴァンスもいいよね」なんて話したほうがよっぽどクールで柔軟性があると思うのだが。
と、書いてることとは矛盾するのだが、このメデスキーとマシュー・シップらによるセッションアルバム、実は「ああサースティー・イヤーか、またDJが入ってるやつね、ハイハイ」なんて、聴く前はマンネリ感を相当に感じながら自分は臨んだりもした。
 しかし出てきた音にびっくり。ヒップホップのブレイクビーツとジャズマンによる演奏の融合というスタイルは従来のサースティー・イヤーのお得意路線だとしても、今までにない有無を言わせぬ勢いがここにはあるのだ。聴いた瞬間久々にシンプルに、かっこいい!とつぶやいてしまった。とりわけメデスキーのダークでファンクなオルガンが相当にガツンとくる。スタイルが新しいゆえのかっこよさというよりは、むしろ前述したブランフォードの作品で感じたものと同じ感覚、つまり彼らのミュージシャンとしてのポテンシャルの高さとストイックさが非常に感じられるからこその、かっこよさ。そんな古典的なジャズの魅力がこのアルバムの本質ではないか。

メンバー:John Medeski(org), Matthew Shipp(p) ,WILLIAM PARKER(b),NASHEET WAITS(ds).DJ OLIVE,MAURICIO TAKARA



■ 復刻CD

復刻CDタイトル 1
いわな

アーティスト名

宮沢昭

2006年の大興奮のひとつ「いわな」の復刻。宮沢昭の深さも佐藤允彦の瑞々しさも最高だが、個人的にはこのアルバムは富樫雅彦につきる。頂点に昇りつめていた1969年の富樫の凄さがこのアルバムからはたっぷり味わえる。僕は「木曽」の森山威男の爆発感ももちろん嫌いじゃないが、「いわな」における富樫のドラミングのしなりやうねりはレベルが数段突きぬけているように思える。
  ちょっと踏み外せばたちまち全てが崩れ去ってしまうもろさ、あるいは強く引っ張ればぷつりと切れてしまう蜘蛛の糸、強靭なビートとともにそんなギリギリで繊細な感覚をジャズのドラムは常に持ち合わせていて、それがいわゆる“スウィングする”というジャズ特有の音楽性の重要な要素になっているのだと思うが、このアルバムにおける富樫のドラムはその感覚の先端・限界のところで、激しく燃えてうごめいている。そのさまが、もうめっちゃくちゃスリリングなのだ。
  40年近く前の演奏で盛り上がるよりも、現在の外山明や芳垣安洋を、ポール・ニールセン・ラブやジム・ブラックやブライアン・ブレイドを聴いて興奮するほうが健全だろうと言われればそれはその通りだ。でも、伝説化とは別の次元で、富樫雅彦のこの時期のドラムは多くの人に聴かれるべきだと思う。「うわ、ジャズってすげえ」という感動と、音楽耳の深化という得がたい経験がそこに待っているのだから。
メンバー:宮沢昭(ts),佐藤允彦(p),荒川康男(b),富樫雅彦(ds)


復刻CDタイトル 2
East Berlin 1966

アーティスト名

Rolf And Joachim Kuhn

1966年の冷戦下、ベルリンの壁の向こう側で研ぎ澄まされたフリージャズ。
 あるいは、情報が少ない限られた空間・時代だったからこそ、ここまで異常に燃えあがったのかもしれない。これが自分たちが信じるフリージャズだ、というような純粋な信念が音の端々から伝わってくる。鬼気迫るものがある。ロルフ・キューンのクラリネットの発する音の生々しさが耳から離れなくなってしまい、ヨアヒムのピアノの切迫感に吸い込まれてしまう。
 発売元の究体音像研究所(しかしすごい名前だ)の出す再発音源はかなりの確率ではずれなし。
メンバー:ROLF KUHN(cl),JOACHIM KUHN(p),KLAUS KOCH(b),REINHARD SCHWARTZ(ds)



復刻CDタイトル 3
赤塚不二夫のまんがNO.1

アーティスト名

三上寛、山下洋輔トリオ、井上陽水、佐藤允彦、その他

1972年から1年間、別冊も含め10冊で終了した伝説的な雑誌「まんがNO.1」。赤塚不二夫を責任編集として、横尾忠則、佐伯俊男、山上たつひこ、谷岡ヤスジ、高信太郎、平岡正明、そして山下洋輔などなど、ジャンルを越えた人脈がこの雑誌に集ったらしい。この復刻は、そのダイジェスト版。内容はぶっとびすぎていて、もう笑えるんだか笑えないんだか分からない。が、かなり当時の雰囲気が伝わることは間違いない。
  で、「まんがNO.1」は1号1号ごとに付録としてソノシートが1枚ついていたそうで、この復刻版では、その収録曲がCDとして再現されている。いやあこれがすごいのだ。特に井上陽水、三上寛の狂いっぷりに僕は言葉を失ってしまった。

 


 

 



 

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